K-POPガールズグループtripleSの公式アプリ「Cosmo」では、2026年7月24日から29日の5日間に投票が行われました。同年10月に開幕するワールドツアー「ANDLESS」のステージ内容を決める投票で、5回のイベント合計で約115万票を集めました。このアプリの投票権はNFTトレカの購入・保有からしか手に入らず、1票を得るにはおおむねトレカ1枚(約3.29ドル)の購入が必要です。つまり115万票の裏側には、単純換算で数億円分に相当するトレカの購買・保有基盤があることになります(注1)。「NFTは売れない」と言われる市場環境の中で、この投票イベントは2022年のサービス開始から累計107回繰り返されてきました。
プラットフォーム側の公表値も同じ時期に増加しています。Objektの累計発行はCosmo全体(tripleS、ARTMS、idnttの3組)で2,000万枚に達し、1年前の公表値である1,000万枚超から倍増に近いペースで増加しました。編集部がチェーン上の総供給量を取得したところ、この公表値と整合する2,113万枚を確認できました(注5)。
本記事では、筆者が実際に課金して確認したアプリ内の実測値と、編集部によるチェーン上の集計およびObjektのコントラクトのコードの検査をもとに、Modhausが設計したファン経済圏の構造と、日本で同様の仕組みを作る場合の論点を整理します。
この記事のポイント
- 投票権COMOはNFTトレカObjektの購入・保有でしか得られない。直近のツアー連動投票5日間の裏側には、上限側の概算で数億円規模の購買・保有基盤(注1)
- 1アカウントで14万票を投じる例があり、私財を景品にして他のファンの票を集める「票動員」が文化として定着
- Objektの累計発行は3組合計で2,000万枚、累計登録者は53万人。シリーズBに追加で100億ウォンの出資
- チェーン上の総供給量の増分で数えた直近1年の新規発行は1,061万枚。無償配布や実物カードの読み取り分を含むため、単価×枚数は上限でしかない(注5)
- チェーン上のObjektの動きは発行とアプリ内の処理が大半で、利用者どうしの受け渡しにも売買の記録はない。転売手数料の仕組みもなく、運営の収益は一次販売(注6)
- 投票権に換金性を持たせず、暗号資産・有価証券への該当を避ける設計。規制対応とプロダクト設計が一体
- コントラクトのコードが外部アドレスへの持ち出しとマーケットプレイスへの出品承認を拒否。転売の経路は規約でなくコードで閉じている(注7)
目次
- tripleSは投票を前提に設計されたグループ
- トレカの購入と保有が投票権を生む
- 107回の投票と、1アカウントで14万票
- 投票の外側で起きる「票動員」
- 登録者53万人と、シリーズB追加出資100億ウォン
- 発行2,113万枚と、売買を伴わない受け渡し
- 転売できない条件はコードに書かれている
- シード出資を主導したのはクリプトVCのHashed
- 換金性を持たせないことが設計の中核
- 日本市場への示唆
1. tripleSは投票を前提に設計されたグループ
tripleSは24人組のガールズグループです。24人で固定的に活動するのではなく、ユニットを組み替えながら活動します。誰がどのユニットに入るか、何を歌うか、タイトル曲をどれにするか。これらをファンの投票で決めるのが最大の特徴です。
tripleSは結成の時点から、ユニット編成や楽曲の決定にファンの投票を組み込む参加型のコンセプトを掲げてきました(参照)。完成したグループに投票企画を後付けしたのではなく、投票がグループの成り立ちの前提になっています。24人からユニットを選抜するには選ぶ主体が必要で、tripleSではそれがファンです。投票が止まると、グループのコンセプト自体が成立しなくなります。
このため投票が形骸化しません。セトリ(コンサートで演奏する曲目と順序)もユニット編成も実際に票で変わり、ファンはそれを繰り返し目にしてきました。実験プロジェクトとして音楽性が犠牲になっているわけでもなく、YouTube公式チャンネルの登録者は290万人を超え(2026年8月時点、tripleS公式チャンネル)、2025年のフルアルバム「ASSEMBLE25」は初週約51.6万枚と自己最高を更新しました(参照)。

2. トレカの購入と保有が投票権を生む
CosmoはModhausが運営するグループ共通のアプリで、tripleSのほか姉妹グループARTMS等でも使われています。その経済圏は3つの要素で構成されています。
- Objekt:デジタルトレカNFT。1枚約3.29ドルで、実物カード(過去には韓国のコンビニGS25等でも販売)をスキャンして取り込む導線もあります
- COMO:投票権。1COMOで1票を投じます。Objektの購入時や保有中に受け取れます
- Gravity:投票イベント。COMOによる投票でセトリやユニット編成が決まります

COMOを受け取る仕組みに特徴があります。通常のObjektでは購入時に1COMOが付与されるだけですが、レアな上位クラスのObjektを保有していると、毎月COMOを受け取れます。さらに、テーマごとにObjektを揃える「Grid」を完成させると、特別なObjektが得られます。この特別なObjektを保有することでも、毎月COMOを受け取れます(いずれもアプリ内の仕様説明と筆者の利用による確認)。トレカの保有残高と収集の完成度がそのまま投票力になるため、売却せずに持ち続ける動機が生まれます。



一方で、投票にCOMOを使い切ると次の投票までに不足します。補充の手段は買い足しだけではありません。レアなObjektや、Gridを完成させて得た特別なObjektを保有すると、毎月COMOを受け取れます。ただし、毎月受け取れるCOMOの量は、保有しているレアObjektの数で決まります。また、Gridの完成にもObjektを揃える必要があるため、投票の規模を上げようとすれば、結局は買い足しに向かいます。毎月受け取れるCOMOを増やすこと自体が購入を前提としているため、反復購入の循環は最初からシステムに組み込まれています。107回の投票は107回の購買機会として機能してきたことになります。
投票アプリもランダム封入トレカも、K-POP業界では珍しいものではありません。ただし従来この2つは別々の経済圏でした。投票権は広告視聴や課金で得る使い捨ての通貨で、月末に失効するものも多くありました。一方、トレカは収集して終わりのコレクションでした。トレカを「保有中に投票権を繰り返し得られる資産」に変えて両者を接続した点が、Cosmoの新しさです。
UX(ユーザー体験)の面では、ブロックチェーン要素は完全に隠されています。ウォレット作成もガス代(ブロックチェーン上の取引手数料)の支払いもなく、クレジットカードで購入し、タップで投票できます。見た目は通常の推し活アプリです。投票のトランザクション(取引記録)はブロックチェーン上に残るため、投じられた票の集計は第三者が追跡できます。ただし、運営会社はCOMOの発行・付与とイベントの運営を管理しており、検証できるのは票の記録の範囲です。
3. 107回の投票と、1アカウントで14万票
筆者のアカウントで確認できた実測値です(2026年8月12日時点のアプリ内表示)。
- 終了したGravity:累計107回
- ワールドツアー「ANDLESS」連動投票(2026年7月24日〜29日):5イベント・5日間で計1,148,662COMO
- アルバム「ASSEMBLE26」のリーダー選抜投票(2026年5月):候補2名の決選投票で、1位JiYeonが400,420COMO、2位ChaeYeonが354,896COMO(合計755,316COMO)の接戦
- リーダー選抜投票の個人貢献1位:1アカウントで140,007COMO



筆者が確認した範囲では、COMOの入手経路はObjektの購入と、レアなObjektやGridの完成で得た特別なObjektの保有による毎月の付与に限られます。仮にすべてを新規購入(1枚≒1COMO≒3.29ドル)とみなすと、5日間の投票全体の裏側には数億円規模の購買基盤が存在する計算になります(注1)。実際にはObjektの保有によって毎月受け取ったCOMOが含まれるため、この単純計算は成立しません。一方、保有によって毎月付与されたCOMOが含まれることは、「保有中に毎月投票権を受け取れるObjektの残高がそれだけ積み上がっている」ことを意味します。
個人貢献1位の14万COMOは、リーダー選抜投票の1位と2位の差(約4.5万票)を一人で覆せる規模です。過去のイベントを遡っても、同じハンドルネームが個人貢献1位に立っている例が確認でき、最上位の規模の投票を長期間続けるファンが存在します。

推し活市場では、少数の熱心なファンが売上の大半を占めるとされます。Cosmoはその貢献をランキングと称号で可視化し、課金をコレクション・貢献履歴・影響力として蓄積させています。
ファンは自分で投票するだけではありません。私財を景品に、他のファンの票を集める動きもあります。ここからは「票動員」の実態と、それを支える事業構造を追います。
4. 投票の外側で起きる「票動員」
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