導入
本記事では今後連載していくメタバースに関する記事の導入として、まずはメタバースの概要をお伝えすべく、メタバースの定義や国内外の市場規模及び今後の動向予測、並びにビジネス例や法的課題の概要をお伝えします。
メタバースとは
メタバースとは、一般に「アバターを介して他者と交流できるインターネット上に構築された三次元の仮想空間」であると解されています。
メタバースには様々な定義や解釈が存在するため、その概念を一概に説明することは難しいです。
上記の定義以外にも例えば「コンピューターやコンピュータネットワークの中に構築された、現実世界とは異なる3次元の仮想空間やそのサービス」①といった定義や、
以下の4つの条件を満たすもの
- 三次元のシミュレーション空間(環境)を持つ
- 自己投射性のためのオブジェクト(アバター)が存在する
- 複数のアバターが、同一の三次元空間を共有することができる
- 空間内にオブジェクト(アイテム)を創造することができること②
といった定義も示されています。
上記3つの定義にも散見されるような「空間性」や「自己同一性」、「大規模同時接続性」や「創造性」といった条件に加えて、現実世界と同様の経済活動を行えるという「経済性」や、目的に応じたアクセス手段を選択でき物理現実と仮想現実がシームレスであることを示す「アクセス性」、及び実際にその世界にいるような没入感のある充実した体験ができることという「没入性」を挙げる文献もあります。③
本連載においては様々なメタバース事業を紹介する回も存在するため、メタバースを「アバターを用いて他者と交流する三次元仮想空間」と幅広く定義することとします。
①閣議決定(令和4年6月7日)「経済財政運営と改革の基本方針 2022 」17頁注71より引用
② 日本バーチャルリアリティ学会編『バーチャルリアリティ学』(コロナ社、2011年)250 頁参照
③バーチャル美少女ねむ『メタバース進化論』(技術評論社、2022年)29-32頁参照
メタバースの市場規模
メタバースは、国内外問わずその市場規模を急速に拡大しています。
世界のメタバース市場規模予測
総務省が発表した令和4年版の『情報通信白書』によると、メタバースの世界市場規模は2022年に約475億ドル(約52兆2500億円)だったものが2030年には6788億ドル(約746兆6800億)にまで拡大すると予測されており、8年間で約14倍にも拡大するとの見解が示されています。
また現在のメタバース市場を牽引するプレイヤーは、オンラインゲームやSNS型メタバース等のコンテンツやそのプラットフォーム構築等のインフラに携わる企業が多くなっています。
社会全体のデジタル化推進や、メタバースに係るXR関連技術の進展・サービス開発が追い風となり、エンタメ分野だけでなく、教育や小売りといった幅広い分野でのメタバース活用が期待されています。
国内のメタバース市場規模予測
規模こそ世界市場に見劣りしますが、メタバースの国内市場もまた、着実に拡大する動きを見せています。
三菱総合研究所は2022年11月に発表したレポートにおいて、メタバースの国内市場規模は2025年に4兆円、2030年には24兆円にまで拡大するとの予測を出しています。進展領域については、現在も市場を牽引するゲーム・アミューズメント領域を追いかける形で医療・健康領域が目覚ましい進展を見せるとの予測が示されており、ついで製造現場、オフィスワーク、観光、土木建築といった領域が続くとの見解が示されています。
メタバース業界における主要プレイヤーの動向
メタバースに注力している主な企業の動向を紹介します。
Meta社
Meta Platforms, Inc.は2021年にその社名を旧Facebook, Inc.からメタバースを意味する「Meta」へと変更したほか、メタバース事業への注力を経営方針として掲げる等、メタバース市場を盛り上げてきた主要プレイヤーであり、GAFAを構成する超巨大IT企業です。
Meta社の業績は下落傾向にあるものの、Meta社の運営するReality Labsではメタバース向けのXR技術を用いたサービスやデバイスの開発事業等を行っています。
具体的には、仮想空間への没入に必要なヘッドマウントディスプレイ(HMD)「Meta Quest」の販売やソーシャルプラットフォーム「Meta Horizon World」の提供に加え、メタバース市場の更なる発展に不可欠な3Dコンテンツ製作クリエイターの育成やサポートのための支援基金を設立するなど、メタバース市場の拡大に積極的な姿勢を見せています。
cluster
クラスター株式会社は日本最大のメタバースプラットフォーム「cluster」を提供しています。
clusterでは自分好みのアバターを作成し、ワールドで他のユーザとコミュニケーションを取ることが出来るほか、自分でワールドを作成したり、イベントへの参加や開催、オンライン会議を開くこと等が出来ます。
2017年のサービス開始から5年程で総ダウンロード数は100万回を超え、既に40,000を超えるワールドが存在しています。clusterの最大の特徴はHMDだけでなくスマートフォンやPCで利用可能な点です。スマホさえあれば誰でも手軽に始められるメタバースとして絶大な人気を誇っています。
その他、コードレスヘッドセットデバイス「Hololens」を提供するMicrosoft社や、サービスコンテンツ事業を展開するVR法人HIKKYなど、様々な企業がメタバース市場に注力しています。
2023年のメタバース最新動向
2023年も、メタバースは国内外で新たな動きを見せています。
海外のメタバース最新動向
まず海外の最新動向としては、韓国の大手IT企業NAVERの系列会社であるNAVER Zが運営するアジア最大級のメタバースアプリ「ゼペット(ZEPETO)」に、2月27日より日系アパレル企業のビームス(BEAMS)がアバター用ファッションアイテムの展開を始めました。
ビームスの人気レーベルであるレイ ビームス(Ray Beams)とビームス ハート(BEAMS HEART)がゼペットの人気クリエイターとコラボし、メタバース限定デザインのファッションアイテムをリリースしています。
ゼペットは韓国初のメタバースアプリで10代の若年層に浸透しているほか、次世代型SNSとして1年で1億人を超えるユーザを獲得するなど、今大きな注目を集めています。ゼペットは様々なファッションブランドとコラボし度々話題を呼んでいますが、今回のビームスとのコラボレーションもまた大きな動きといえるでしょう。
日本のメタバース最新動向
国内の最新動向としては、KDDI株式会社は3月7日に「アルファユー(αU)」を設立しました。αUはメタバースやライブ配信、アート購入やバーチャル店舗でのショッピングなどを提供するWeb3サービスプラットフォームです。
KDDIはこれまでユーザに対し、XR技術を用いた「バーチャル渋谷」や「デジタルツイン渋谷」等の体験型サービスを展開してきましたが、今後はαUを通じてユーザによる発信型サービスへと発展するとのことです。エンタメからショッピングまで、幅広いプラットフォームとして様々なサービスを展開予定のαUには、既に多くのネットユーザから大きな期待が寄せられています。
この他にも、海外では大人気ゲーム「ポケモン(Pokémon)」の海外事業部によるWeb3関連人材の募集が開始されたり、日本では株式会社クリーク・アンド・リバー社によってクリエイター専用メタバース「C&R Creative Studios Metaverse」β1版が公開されるなど、今後もメタバースは盛り上がり見せることが期待できます。
メタバースのもたらすメリット
メタバースは、人々や社会に新たな価値創出の場を提供しています。
第一に、メタバースはバーチャルなコミュニケーション空間を提供します。健常者はもちろんのこと、心身の事情で外出や円滑なコミュニケーションが取りづらい人にとっても、自宅に居ながら他のユーザと簡単に対面さながらのコミュニケーションが取れるメタバースは、新たな友好関係を築く場としての価値を見出せるでしょう。
第二に、メタバースは新たな経済圏としてビジネスの場を提供します。メタバースは黎明期でありながら、既にバーチャル空間でのライブやPRイベントの開催、バーチャル空間への広告出稿や3Dコンテンツ製作などのビジネス例は枚挙に暇が無いほどであり、メタバースを取り巻く経済やその社会的インパクトは着実に拡大していると言えるでしょう。
上記以外にも、バーチャル空間でシミュレーションを行うことによる工数・人員削減に伴うコスト削減や生産性向上等々、メタバースのもたらすメリットは今後更に人々の生活や社会に大きな影響を与えていくでしょう。
ビジネス例
現在メタバースを用いたビジネスは、ゲーム業界から建設・医療まで、業界横断的に行われています。具体的な事業内容やビジネスモデルは本連載の第3-4回にて紹介させていただくとして、ここではメタバースの特徴を利用した事例としてどのようなものがあるのかご紹介します。
メタバースでは、プラットフォーム型ビジネスやバーチャルEC、エンタメやデジタルツイン等と連携しシミュレーションの側面を活かした自社システムとしての利用が目立っています。
メタバース×プラットフォーム
プラットフォーム型ビジネスは、メタバース空間に基盤となる環境を構築し、そこでユーザが他ユーザとコミュニケーションを取ったり、ゲームを楽しんだり、イベントの開催やワールドの構築を行うことができます。
SNS型プラットフォームと呼ばれるビジネス例としてはclusterやVRChatが挙げられ、ゲーム型プラットフォームとしてはRobloxやフォートナイトが挙げられます。
メタバース×EC(Eコマース)
バーチャルECとは、メタバース空間上に仮想店舗を設置しユーザがその仮想店舗で商品を見たり購入したりできるというものです。
特にファッション業界で注目されており、伊勢丹によるREV WORLDSやH&M、BEAMSといった名だたるブランドもバーチャルECビジネスに取り組んでいます。
メタバース×エンタメ
メタバース空間のエンタメ活用は非常に活発ですが、中でもバーチャルのライブ会場としてメタバースを使う事例が増えています。
例えば、ソニーミュージックによるXRライブプロジェクトであるリバースクロスや、AVEXがThe Sandbox上に検察したエイベックスランド、ぴあによるライブ用メタバースNeoMeなどがあります。
メタバース×デジタルツイン
デジタルツインとは、サイバー空間に現実環境を再現する技術の集合体のことを指します。このデジタルツインとメタバースを融合させ、シミュレーション・故障予測のための空間として利用している事例が増えてきています。
例えば、デジタルツインを搭載した生産管理システムで製造装置やワークフローを可視化し潜在的なトラブル予測に役立てているというダイキンの事例や、設計段階の生産性向上を目的にメタバース空間でシミュレーション等を行うBMWのomniverseといった事例があります。
法的論点
メタバースにおいて検討が必要な法的論点として、知的財産権に関する論点、アバターの肖像権に関する論点、及びアバターに付随する論点とNFTにかかる金融・税制に関するものがあります。
知的財産権
知的財産権に関する論点としては、デジタルツイン等で現実環境をサイバー空間に再現したコンテンツを作成した場合に、現実環境にある他人の知的財産権を取り込んでしまうことによる知的財産権侵害にまつわるものや、UGC(User Generated Content:ユーザ生成コンテンツ)の保護と利用のバランス論、イベント開催時における他人の著作物ライセンス利用にかかる公衆送信権の問題などがあります。
アバターの肖像権に関する論点、及びアバターに付随する論点
アバターの肖像権に関する論点としては、実在人物の肖像を利用したアバターの利用や無断コピーによる肖像権侵害、アバターの無断撮影及び公開等が挙げられます。
アバターに付随する論点としては殴る蹴る等の暴力行為、言葉によるセクシャルハラスメント及び女性アバターのスカートをめくる・覗き込む等の痴漢行為、ヘイトスピーチ、なりすましやのっとりなどが挙げられます。
NFTにかかる金融・税制
また、上記の課題に加え、NFTに絡んだ金融・税制の課題もあります。
メタバースでは各コンテンツに応じた独自通貨が利用される一方で、ビットコインやイーサリアムといった仮想通貨(暗号資産)やNFT (Non-Fungible Token:非代替性トークン)を用いた取引も行われます。
NFT等のデジタルトークンについては、主に前払い式支払い手段や為替取引等の文脈で議論がなされる場合が多くなっています。
上記の法的論点それぞれについて、本連載で具体的な事例を挙げながらご紹介していきます。
おわりに
本連載では週1回のペースで以下のテーマをクローズアップし取り上げて参ります。
テーマ | |
第1回 | メタバース導入 |
第2回 | メタバースの始まりと歴史 |
第3回 | メタバースのビジネス例 |
第4回 | メタバースのビジネスモデル(3回の続き) |
第5回 | メタバース上での経済活動 |
第6回 | メタバースにユーザーが求めること |
第7回 | 人気が高いメタバース事業の特徴 |
第8回 | メタバースにおける法的論点概要 |
第9回 | メタバースにおける法的論点:憲法・民法・刑事法編 |
第10回 | メタバースにおける法的論点:金融・税制編 |
第11回 | メタバースにおける法的論点:知的財産編 |
第12回 | まとめ・今後の動向 |
次回はメタバースの勃興と歴史についてお送りいたします。