暗号資産取引所のバイナンスは、AI(人工知能)を悪用した犯罪の拡大と、それに対抗する自社のセキュリティ施策に関する分析結果を公開しました。AIによって詐欺手法が効率化・低コスト化するなか、同社はAIを活用した防御策により、2025年から2026年第1四半期にかけて計105億3000万ドル(約1兆6321億円)相当の損失を防いだとしています。この報告は、Web3業界におけるセキュリティ対策が新たな局面を迎えていることを示しています。
AIによる攻撃の低コスト化と詐欺の産業化
バイナンスの分析によると、現在のAI活用状況は検知側よりも攻撃側において約2倍の優位性があるとされています。AIを用いたエクスプロイト(脆弱性を悪用した攻撃)のコストは1件あたり平均1.22ドルまで低下しており、さらにこのコストは2カ月ごとに22%ずつ減少していると報告されています。
このようなコスト低下を背景に、詐欺手法の産業化が進んでいます。AIを導入した詐欺は、従来の手法と比較して約4.5倍の資金を奪い、取引活動の頻度も9倍に達しているとのことです。具体的な手法としては、ディープフェイク(AIによる画像・動画生成技術)や音声クローン、フィッシングボット、なりすましなどが挙げられます。特になりすまし手法は、2025年に前年比1400%の増加を記録しました。暗号資産分野はこれらの攻撃の標的になりやすく、世界で検知されたディープフェイク詐欺の88%がこの分野に集中しているとされています。
防御側の対応実績とKYCプロセスの進化
攻撃側の進化に対し、バイナンスもAI投資を加速させています。同社はコンプライアンス分野で24以上のAI施策を展開し、100以上のAIモデルを用いて不正対策を行っています。これらの取り組みにより、不正資金へのエクスポージャー(さらされること)は96%減少したとしています。
具体的な成果として、2025年には540万人のユーザーを対象に66億9000万ドル相当の不正をブロックしました。また、2026年第1四半期には2290万件の詐欺・フィッシングの試みを遮断し、19億8000万ドルの資金を保護しました。
特にKYC(本人確認)プロセスは攻撃の主要な標的となっており、同社への攻撃の約80%に何らかのKYC不正が関与しています。手法は静止画のなりすましから、ディープフェイク動画や合成顔交換へと高度化していますが、バイナンスはライブネス検知(生体検知)モデルの更新などで対抗しています。AIの導入により、KYC処理の効率は従来比で100倍向上したと報告されています。
業界全体で求められる多層的な防御体制
バイナンスは、AI犯罪との「軍拡競争」は今後も継続するとの見解を示しています。攻撃者が大規模かつ自動化された攻撃を仕掛けやすい環境にあるなか、単一の対策では不十分であると指摘しています。
今後の鍵として、多層的な防御体制の構築に加え、業界内での情報共有、法執行機関との連携、そしてシステムの設計段階からセキュリティを組み込む「セキュリティ・バイ・デザイン」の考え方が重要になると強調しています。
ポイント
- AIによる攻撃コストが2カ月ごとに22%低下しており、詐欺の自動化と産業化が加速しています。
- 世界のディープフェイク詐欺の88%が暗号資産分野で検知されており、業界特有のリスクが高まっています。
- バイナンスは100以上のAIモデルを運用し、2025年から2026年第1四半期までに累計105億3000万ドルの損失を阻止しました。
- 攻撃の約80%にKYC不正が関与しており、本人確認プロセスの高度化が喫緊の課題となっています。
- 個別の対策だけでなく、業界間連携や設計段階からのセキュリティ組み込みが今後の防御の要とされています。