Web3プロジェクトの技術責任者やブロックチェーン開発者として、プライバシー保護やスケーラビリティの課題解決にゼロ知識証明がどのように貢献できるか、具体的に知りたいと考えていませんか?
ブロックチェーンの抱える公開性や処理能力の限界を打破する鍵として、ゼロ知識証明(ZKP)が注目されています。
しかし、その複雑な仕組みや最新の応用事例を体系的に理解することは容易ではありません。
今回Pacific Meta Magazineでは、ブロックチェーンのゼロ知識証明について以下の内容について紹介してます。
- ゼロ知識証明の基本概念とブロックチェーンにおける必要性
- zk-SNARKsやzk-STARKsなどの主要技術の仕組みと応用
- プライバシー保護やスケーラビリティ向上への具体的な貢献事例
- 国内外の主要なゼロ知識証明活用プロジェクトの動向
- 将来的な展望と実装判断に役立つ情報
本記事を読み終えることで、ゼロ知識証明がブロックチェーンにもたらす革新的な価値と、自社プロジェクトへの実装を検討する上で必要な知識を網羅的に習得できるでしょう。
ぜひ、最後までご覧ください。
ゼロ知識証明(ZKP)とは?
ゼロ知識証明とは、「秘密の情報を相手に一切見せずに、自分がその情報を知っていることだけを証明する」ための暗号技術です。
例えば、「20歳以上である」ことを証明したいときに、誕生日などの個人情報を明かすことなく、年齢条件を満たしている事実だけを相手に信じさせることができます。
基本的な仕組み
ゼロ知識証明の仕組みは、「洞窟の中の秘密の扉」という有名な例え話で説明できます。
秘密の合言葉を知っていれば開けられる扉の奥から、あなたが「右から出てきて」と言われれば右から、「左から」と言われれば左から出てくることを見せます。これを繰り返せば、相手はあなたが合言葉を知っていると確信しますが、合言葉そのものを知ることはありません。
より技術的には、まず証明者が、公開されている計算(回路)に対して秘密の入力値(witness)を使い、短い「証明(proof)」を生成します。次に、証明者はその証明と公開されている入力値のみを検証者に提示します。
検証者は、提示された証明が正しいかを検証します。検証に成功した場合、検証者は「証明者が秘密の情報を知っており、計算が正しく行われた」という事実だけを確認できます。秘密の情報そのものが開示されることはないため、プライバシーを侵害せずに主張の正しさを納得できるのです。
ブロックチェーンにおける重要性
この技術は、特にブロックチェーンの分野で重要視されています。
ビットコインなどのパブリックブロックチェーンは、取引の記録が誰でも見られるため透明性が高い反面、個人のプライバシーが守られにくいという課題がありました。
しかし、ゼロ知識証明を使えば、取引の詳細(誰が、誰に、いくら送ったか)を隠したまま、「この取引はルール通りで正当です」ということだけをネットワークに証明できます。
これにより、プライバシーと透明性という、一見すると矛盾する2つの要素を両立させることができるのです。この技術は、Zcashなどのプライバシーを重視する暗号資産(仮想通貨)ですでに活用されています。
ゼロ知識証明の主要な種類とそれぞれの特徴
ゼロ知識証明には様々なプロトコルがあり、それぞれが異なる数学的仮定、性能特性、およびセキュリティモデルを持っています。
ここでは、ブロックチェーンの文脈で特に重要視される主要なZKPアルゴリズムであるzk-SNARKs、zk-STARKs、Bulletproofsに焦点を当て、その特徴を比較します。
特徴 | zk-SNARKs | zk-STARKs | Bulletproofs |
---|---|---|---|
信頼設定(Trusted Setup) | 多くの場合必要(例: Groth16, Plonk) | 不要(透明性) | 不要 |
証明サイズ | 非常に小さい(定数サイズ、数十~数百バイト) | 比較的大きい(数十~数百KB) | 対数オーダーで小さい(数KB程度) |
検証時間 | 非常に高速(定数時間、数ミリ秒) | 高速(対数時間、数十~数百ミリ秒) | 線形時間(証明値のビット長に比例) |
耐量子計算機性 | 低い(楕円曲線暗号に基づくため) | 高い(ハッシュ関数に基づくため) | 高い(主にハッシュ関数に基づくため) |
主なユースケース | Zcash、EthereumのL2(Polygon zkEVM, zkSync Era一部) | EthereumのL2(StarkNet, zkSync Era一部)、大規模計算の証明 | Moneroの機密トランザクション(範囲証明)、匿名資産転送 |
計算コスト(証明生成) | 高い(特定の回路向けに最適化が必要) | 高いが、大規模計算でスケーラブル | 比較的高め(特に大規模証明の場合) |
zk-SNARKs:証明がコンパクトな高効率方式
zk-SNARKs(Zero-Knowledge Succinct Non-Interactive Argument of Knowledge)は、その「Succinct(簡潔)」な証明サイズと、検証時間の速さが最大の強みです。
これにより、ブロックチェーンのオンチェーンで証明を検証する際のガス代を非常に低く抑えることができます。
ただし、多くのzk-SNARKプロトコルが「信頼設定(Trusted Setup)」を必要とするという点が重要な考慮事項です。この初期設定が正しく行われないと、偽の証明を生成できてしまうセキュリティ上のリスクが存在します。
新しいzk-SNARKプロトコル(例: Plonk, Halo2)は、信頼設定の課題を改善しています。一度の「ユニバーサルセットアップ」で複数のアプリケーションに利用できる方式や、完全にセットアップ不要な方式も開発されつつあります。
zk-STARKs:信頼設定不要でスケーラブルな次世代方式
zk-STARKs(Zero-Knowledge Scalable Transparent Argument of Knowledge)は、「Transparent(透明性)」の名の通り、信頼設定が不要である点が大きな利点です。
これにより、セットアップに関連するセキュリティ上の懸念が排除されます。
また、ハッシュ関数などのより基本的な暗号プリミティブに基づいて構築されているため、量子コンピュータに対しても耐性を持つ「耐量子計算機性」が高いとされています。
「Scalable(スケーラブル)」な特性により、非常に大規模な計算の正当性を証明するのに適しています。しかし、zk-SNARKsに比べて証明サイズが大きくなる傾向があるため、オンチェーン検証のコストが高くなる可能性があります。
Bulletproofs:範囲証明に特化した軽量方式
Bulletproofsは、Stanford大学の研究グループによって提案されたプロトコルです。信頼設定が不要であり、証明サイズが対数オーダーで非常に小さいという特徴を持ちます。
これは、証明対象のビット長が大きくなっても証明サイズが爆発的に増加しないことを意味します。
特に、暗号通貨における「範囲証明」(例:送金額が特定の範囲内であることの証明)において効率的で、Moneroなどのプライバシーコインで活用されています。
検証時間は証明値のビット長に比例して線形時間となります。しかし、複数の証明をまとめて検証する「バッチ検証」によって実用上十分高速に処理できることが示されています。
ブロックチェーンにおけるゼロ知識証明(ZKP)の活用事例
ゼロ知識照明を活用しているブロックチェーンのプロジェクトを紹介していきます。
プライバシー保護
ゼロ知識証明は、ブロックチェーンにおけるプライバシー保護の分野で、その匿名性とセキュリティの高さから重要な役割を果たしています。
従来のパブリックブロックチェーンでは、すべての取引が公開されるため、ユーザーの取引パターンや資産状況が明らかになるという課題がありました。
ZKPはこの課題を解決し、特定の情報を秘匿しつつも、取引の正当性を証明することを可能にします。
具体的なユースケースとして、Zcash、Tornado Cash、Aztec Networkなどが挙げられます。
プライバシーモデルの比較においては、Zcashのような「プロトコルレベルでのプライバシー」と、Tornado CashやAztecのような「スマートコントラクトやレイヤー2によるプライバシー」という違いがあります。
ゼロ知識証明によるプライバシー保護のメリットは、主に以下の点が挙げられます。
- 取引の匿名性向上: 送金者、受取人、金額などの機密情報を秘匿できる。
- データプライバシーの強化: 個人情報やビジネス上の機密データをブロックチェーン上に公開せずに証明できる。
- コンプライアンスとの両立の可能性: 特定の条件を証明しつつ、規制に配慮した設計も検討されている。
デメリットとしては、証明生成の計算コストが高いこと、規制当局からの監視が強まる可能性、そして技術的な複雑さによる導入障壁が挙げられます。
スケーラビリティ向上
ゼロ知識証明は、ブロックチェーンのスケーラビリティ問題、すなわちネットワークの処理能力(トランザクション処理速度)とコストの課題を解決する上で、最も有望な技術の一つとして注目されています。
この課題に対し、ゼロ知識証明は主にレイヤー2(L2)スケーリングソリューション、中でもRollup(ロールアップ)技術においてその真価を発揮しています。特にゼロ知識証明が用いられるのはZK Rollupです。
ZK Rollupでは、オフチェーンで実行された多数のトランザクションのバッチが、ゼロ知識証明によって検証され、その証明(Validity Proof)がレイヤー1に提出されます。
レイヤー1のスマートコントラクトは、この短い証明を検証するだけで、バッチ内の全てのトランザクションが正しく実行されたことを確認できます。
ZK Rollupは、以下のようなスケーラビリティ向上効果をもたらします。
- トランザクション処理能力(TPS)の向上: Ethereumのレイヤー1が約15〜30 TPSであるのに対し、ZK Rollupは理論上、数千から数万TPSの処理能力を持つとされています。
- トランザクション手数料(ガス代)の削減: 多数のトランザクションをまとめて検証するため、個々のトランザクションあたりのオンチェーンコストが劇的に削減されます。
- 即時性と最終性: ZK Rollupは、証明が暗号学的に安全であるため、レイヤー1に証明が提出されれば、ほぼ即座にトランザクションの最終性が保証されます。
また、EIP-4844(Protodanksharding)のようなEthereumのアップグレードは、ZK Rollupのスケーラビリティをさらに加速させるでしょう。
ゼロ知識証明を導入している主要なブロックチェーンプロジェクト
ゼロ知識証明技術は、その多岐にわたる可能性から、多くのブロックチェーンプロジェクトで導入・開発が進められています。
ここでは、代表的なプロジェクトとその採用技術、現在のステータスを一覧でご紹介します。
プロジェクト名 | 主要な採用技術 | 主な目的・特徴 | 現在のステータス |
---|---|---|---|
Zcash | zk-SNARK (Groth16) | トランザクションのプライバシー保護と匿名性 | メインネット稼働中 |
zkSync Era | zk-SNARK (Plonk), zk-STARK (Boojum) | EthereumのL2スケーリング(zkEVM)、低コスト・高速トランザクション | メインネット稼働中 |
StarkNet | zk-STARK (Cairo VM) | EthereumのL2スケーリング、信頼設定不要、高スループット | メインネット稼働中(アルファ版) |
Polygon zkEVM | zk-SNARK (Plonkish variants) | EthereumのL2スケーリング(zkEVM)、Ethereumとの互換性 | メインネット稼働中(ベータ版) |
Aztec Network | zk-SNARK (PLONK) | DeFiトランザクションのプライバシー保護、プライベートスワップ | メインネット稼働中 |
Scroll | zk-SNARK (Halo2 based) | EthereumのL2スケーリング(zkEVM)、オープンソース開発 | メインネット稼働中 |
Aleo | zk-SNARK (独自のLeo言語とsnarkVM) | プライバシー重視のDAppsプラットフォーム、パーミッションレス | 開発中(テストネット稼働中) |
Mina Protocol | Pickles(zk-SNARKを基盤とする再帰的証明) | 軽量ブロックチェーン(約22KB)、フルノードの容易な実行 | メインネット稼働中 |
上記のプロジェクトは、それぞれ異なるアプローチでゼロ知識証明を活用しており、Web3エコシステムの多様性と革新を後押ししていると言えるでしょう。
ゼロ知識証明の開発を支えるツールとライブラリ
現在、開発者向けにZKPを実装できるオープンソースのライブラリや言語が充実しています。
例えば、Circomはゼロ知識証明用の回路を記述するための言語で、snarkjsはCircomで作った回路の証明作成・検証を行うツールです。開発者はこれらを用いて、信頼設定から証明生成、検証まで一連の作業を行えます。
その他にも、ZoKrates(Python風言語)、Halo2(ライブラリ)、StarkWare社のCairo言語(STARK向け)など、多様なツールチェーンが存在し、用途に応じて選択されています。
ゼロ知識証明の将来性とブロックチェーンへの影響
ゼロ知識証明は、ブロックチェーン技術の未来を形作る上で不可欠な要素です。その研究開発が急速に進展しています。
学術界では、より効率的で安全な新しいプロトコルの探求が活発に行われており、再帰的ゼロ知識証明(Recursive ZKPs)やZK-EVM(Zero-Knowledge Ethereum Virtual Machine)の開発が進んでいます。これにより、開発者は使い慣れたSolidity言語でDAppsを構築し、それをZKPによってスケーラブルかつプライベートな環境で実行できるようになるでしょう。
規制環境の変化も、ゼロ知識証明の将来に大きな影響を与えます。プライバシー技術は監視下にありますが、「選択的開示」や「監査可能なプライバシー」といった、規制と両立する技術も研究されています。
今後のプロトコル進化としては、より高速な証明生成、さらに小さな証明サイズ、そして信頼設定が不要な方式が主流となるでしょう。ハードウェアアクセラレーションの発展も、ZKPの利用を後押しします。
技術責任者や開発者にとっては、これらの動向を注視し、進化するZKP技術を自社プロジェクトにどのように統合していくかを戦略的に検討することが重要です。これが今後の競争優位性を確立する上で極めて重要となるでしょう。
ゼロ知識証明ブロックチェーンに関するよくある質問
ゼロ知識証明ブロックチェーンに関するよくある質問とその回答をまとめました。
ゼロ知識証明とは何ですか?
ゼロ知識証明(ZKP)とは、ある秘密情報を持っている証明者が、その秘密そのものを一切開示することなく、検証者に対して「自分がその秘密を確かに知っている」という事実だけを証明できる暗号プロトコルです。この技術は、証明の「完全性」「健全性」「ゼロ知識性」という3つの主要な特性を満たすことで、セキュリティとプライバシーを両立させます。
どのブロックチェーンがゼロ知識証明を採用している?
ゼロ知識証明は、プライバシーコインのZcash、Ethereumのレイヤー2ソリューションであるzkSync EraやStarkNetなど、多くのプロジェクトに採用されています。その他、Polygon zkEVM、Aztec Network、Scroll、Aleo、Mina ProtocolなどもZKPを導入しています。
ゼロ知識証明導入のコストは?
ZKPの導入コストは、採用するプロトコルや実装の複雑さによって異なります。一般的に、証明生成の計算コストが高く、専門知識も求められます。しかし、ZKPによる証明は検証コストが低く抑えられるため、レイヤー1に直接すべてのトランザクションを記録するよりも大幅にコストを削減できることが多いです。
ゼロ知識証明の証明サイズは?
証明サイズはプロトコルによって大きく異なります。zk-SNARKsは非常に小さい(数十~数百バイト程度)のが特徴です。一方、zk-STARKsは比較的大きい(数十~数百KB程度)傾向があります。Bulletproofsは、証明サイズが対数オーダーで小さい(数KB程度)という特性を持ちます。プロジェクトの要件に応じて最適なプロトコルを選択する必要があります。
ブロックチェーンのゼロ知識証明についてまとめ
今回、Pacific Meta Magazineでは、ブロックチェーンのゼロ知識証明について以下の内容について紹介してきました。
- ゼロ知識証明は、秘密を明かさずに情報を証明し、ブロックチェーンのプライバシーとスケーラビリティ課題を解決する鍵である
- zk-SNARKs、zk-STARKs、Bulletproofsなど主要プロトコルは、それぞれ異なる特性と適用領域を持つ
- プライバシー保護(Zcash、Aztec Network)とスケーラビリティ向上(zkSync、StarkNet)に幅広く活用されている
- 導入には計算コストや専門知識が必要だが、学術研究とオープンソース開発が進み導入ハードルは下がりつつある
- 将来的にZK-EVMや再帰的証明により、ブロックチェーンの性能と応用範囲が飛躍的に拡大すると期待される
ゼロ知識証明は、ブロックチェーン技術が抱えるプライバシーとスケーラビリティという二大課題に対する強力なソリューションを提供します。Web3プロジェクトの技術責任者や開発者として、この革新的な技術を深く理解し、自社プロジェクトにどのように応用できるかを検討することは、今後の競争優位性を確立する上で不可欠です。
この技術の進化は目覚ましく、常に最新情報をキャッチアップし続けることが成功への鍵です。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。