米国の暗号資産取引所Coinbaseは、2026年6月11日、AIエージェントをユーザーの口座に接続して取引や決済を自律的に実行させる「Coinbase for Agents」を発表しました。この基盤により、ChatGPTやClaudeなどのAIアシスタントが自然言語の指示を受け、暗号資産の現物・デリバティブ取引やポートフォリオ管理、外部サービスへの支払いを自律的に行えるようになります。人間向けの既存決済システムに依存せず、機械間決済プロトコル「x402」を活用することで、AIが自ら有料リソースを購入して取引に活かすといった、新しい金融・決済エコシステムの創出が期待されます。
AIエージェントの決済課題を解決する「x402」プロトコル
AIエージェントは情報の整理や文書作成などで広く活用されていますが、資金の操作が必要な場面においては、従来の決済システムが人間の操作(クレジットカード入力やサブスクリプション契約など)を前提としているため、少額決済を柔軟に行うことが困難でした。
この課題を解決するため、Coinbaseが2025年5月に公開した機械間決済の標準規格が「x402」です。x402は、HTTPのステータスコード「402 Payment Required(支払いが必要)」を利用します。エージェントが有料のリソースにアクセスした際、サーバーが402応答と共に金額や支払い先などの条件を返し、エージェントがその条件に基づき支払いデータを生成してHTTPヘッダーに載せて再リクエストする仕組みです。この検証と決済は「ファシリテーター」と呼ばれる仲介サービスが代行しますが、ファシリテーターが利用者の許可なく資金を動かすことはできない設計となっています。
x402は特定のブロックチェーンやトークンに依存せず、主にステーブルコインを用いて24時間365日の少額決済を可能にします。Coinbaseの公式ブログによると、x402全体の累計取引件数は2026年2月時点で5000万件を超えており、ブロックチェーン分析企業のChainalysisの報告では、Coinbase系ブロックチェーンであるBase(イーサリアムのレイヤー2ネットワークとされています)上のx402取引が、2025年半ばのほぼゼロから約3四半期で累計1億件を突破したとされています。
口座接続と安全な委任を実現する「Coinbase for Agents」の機能
「Coinbase for Agents」は、AIエージェントをCoinbase口座へ接続する手段として、外部ツールとの接続規格である「MCP(Model Context Protocol)」経由の接続と、コマンドラインツール経由の接続の2つの経路を提供します。これにより、ChatGPTやClaude、Claude Code、OpenAI Codexなどの主要なAIツールからの利用が可能となります。
ユーザーは自然言語を用いて、目標とする資産配分に応じたリバランスや、相場下落時の指値注文、期間を指定した定期購入といった暗号資産の現物・デリバティブ取引を指示できます。また、プロ向け取引サービスであるCoinbase Advancedの機能もエージェントから利用可能です。
運用の委任範囲や口座へのアクセス権限は、以下のように段階的かつ技術的に制限できる設計となっています。
- 委任度合いの選択:単発の取引推奨の受け取りから、期間・頻度を区切った自動取引、投資戦略の運用一任まで段階的に選択可能です。
- 口座の隔離:エージェントは隔離されたポートフォリオ内、またはユーザーが明示的に許可したメイン口座の資産のみを扱います。隔離環境では他の保有資産はエージェントから見えません。今後は取引サイズ上限や支出上限、アクセスできるサービスの範囲を細かく指定する機能も追加される予定です。
- 安全なウォレット基盤:2026年2月に発表された「Agentic Wallets」を基盤とし、秘密鍵はCoinbase側の隔離された実行環境に保管され、AIの言語モデル等には渡りません。セッションや取引ごとの支出上限管理に加え、高リスクな送金先への支払いを自動的に遮断する仕組みが組み込まれています。
決済の標準化に向けた競合動向と今後の展望
AIエージェントによる決済市場では、複数のプロトコルが連携する動きが強まっています。認可などの権限管理を行うGoogleの「AP2(Agent Payments Protocol)」、加盟店との注文手続きを行うOpenAIとStripeの「ACP(Agentic Commerce Protocol)」に対し、x402は決済の実行を担います。同様の決済実行層では、Stripeが支援するブロックチェーンTempoの「MPP(Machine Payments Protocol)」も2026年3月に公開されています。
x402自体は、2025年9月にCoinbaseとCloudflareが「x402 Foundation」を設立し、2026年4月にはLinux Foundation傘下へ運営が移行しました。AWS(Amazon Web Services)、Microsoft、Google、American Express、Visaなど計22社が参加し、共有の標準規格としての整備が進められています。
一方で、エージェント決済は誤発注や意図しない損失のリスクも伴います。金融安定理事会(FSB)も金融分野でのAI利用に関する報告書で監視体制の必要性を指摘しており、技術的な制限の重要性が増しています。
Coinbaseは今後、対応資産を株式やインデックスファンド、予測市場、商品(コモディティ)へ広げる計画を立てており、アプリ内でAIによる投資助言を提供する「Coinbase Advisor」の提供も予定されています。
ポイント
- CoinbaseがAIエージェント向け取引基盤「Coinbase for Agents」を発表し、AIによる自律的な暗号資産取引と外部サービスへの決済を可能にしました。
- 機械間決済プロトコル「x402」の活用により、サブスクリプション契約やログインなしで、AIがデータAPIなどの有料リソースをステーブルコインで少額決済して購入できるようになります。
- 秘密鍵の隔離保管や取引上限の設定、隔離されたポートフォリオでの運用など、AIへの権限委任に伴うリスクを技術的に抑制する仕組みが導入されています。
- x402はLinux Foundation傘下へと移行し、主要なクラウド事業者やカード決済網が参加する共有の決済標準規格としての地位を固めつつあります。
- 今後は株式や予測市場、商品(コモディティ)への対応資産の拡大が計画されており、機械が主導する決済・金融サービスの設計がより重要視されると見られます。