日本の暗号資産およびデジタル資産市場が、金融商品取引法(金商法)への移行という大きな転換期を迎える中、有識者による有志組織「デジタル資産のあるべき産業構造スタディ・グループ」が緊急提言を行いました。6月22日に都内で開催されたイベントでは、同グループがまとめた「デジタル資産の産業構造 ディスカッション・ペーパー」をもとに、現在の市場が直面する課題や、持続可能な産業構造の方向性について議論が交わされました。日本のデジタル資産市場の将来を占う重要な転換点において、本提言は業界の共通言語となる「教科書」を目指しています。
転換期に直面するデジタル資産市場の「五つの危機感」
上智大学の森下哲朗教授やジョージタウン大学の松尾真一郎教授らが参加する同スタディ・グループは、現在の日本のデジタル資産市場が抱える課題を「五つの危機感」として整理しました。
一つ目は、金商法移行という転換点です。情報開示やインサイダー規制への対応などによって、事業者のコンプライアンス(法令遵守)コストが増加することが見込まれています。現在、国内の暗号資産交換業者の約9割が赤字経営とされており、この移行を機に業界再編が進む可能性があります。
二つ目は、公正な競争環境の喪失です。厳しい規制に対応する国内の登録業者に対し、海外の無登録事業者やDEX(分散型取引所)は同様の負担を負わずに国内利用者にサービスを提供しており、不公平な競争環境が生じていると指摘されています。
三つ目は、インフラギャップの拡大です。専業カストディアン(デジタル資産の保管業者)やブロックチェーンの分析、バリデーター(ブロックチェーンの取引承認を行う主体)など、市場を支える重要なインフラの多くを海外企業に依存している現状があります。
四つ目は、市場アクセスの非対称性です。日本市場が国内完結型になりやすく、海外市場へのアクセスや資本調達の面で不利な構造になっているとされています。
五つ目は、計算リソース提供主体の地域的偏在です。マイナー(採掘者)やバリデーターが特定の地域に集中しており、安全保障や市場インフラの観点からリスクになる可能性があるとされています。
健全な産業構造に向けた「三つの方向性」
これらの危機感に対し、ペーパーでは単なる規制対応にとどまらず、健全で持続可能な産業構造を実現するための三つの方向性を提示しています。
一つ目は、監視やカストディ、セキュリティ情報の共有など、各事業者が個別に対処するのではなく、業界全体で共有すべきインフラを整備することです。
二つ目は、伝統的金融(TradFi)と暗号資産交換業者(CEX)、そして分散型金融(DeFi)が相互に補完し合う「CeDeFi」の発展です。規制下の金融とパブリックブロックチェーンを対立させるのではなく、接続・融合を図るべきだとしています。
三つ目は、デジタル資産の活用によって発行体と投資家が直接つながる新たな資本市場の構築です。ウォレットを起点とした金融サービスや、スマートコントラクト(ブロックチェーン上で契約を自動実行する仕組み)を用いた新しい資金調達の可能性が示されています。
RWAやAIエージェントなど将来の論点と今後のスケジュール
イベントの後半では、将来的な制度設計に関する議論も行われました。RWA(現実資産)トークンにおける民事法上の整理や、DeFiの機能や役割を整理した上での制度設計の必要性が指摘されました。
さらに、AIエージェントによる自律的な取引も注目すべきテーマとして挙げられました。AIが秘密鍵を管理する場合の規制上の位置付けや、AIによる投資判断が投資助言や投資運用に該当するかどうかなど、AIエージェントの普及を見据えた制度整備の必要性が今後の重要な論点として共有されています。
スタディ・グループは、今回のイベントでの議論や寄せられた意見を反映し、7月にディスカッション・ペーパーの初版を公表する予定です。このペーパーは、今後も公開のプロセスを通じて継続的にアップデートされる方針です。
ポイント
- 暗号資産規制の金商法移行を見据え、有識者グループが「デジタル資産の産業構造 ディスカッション・ペーパー」をもとに緊急提言を行いました。
- 国内交換業者の赤字経営やコンプライアンスコストの増加、海外無登録業者との競争不均衡など、市場が抱える五つの危機感が示されました。
- 業界全体の共有インフラ整備、伝統的金融とDeFiが融合するCeDeFiの発展、新たな資本市場の構築という三つの方向性が提示されました。
- 将来的な論点として、RWAトークンの法整備や、AIエージェントによる自律的取引に対する制度設計の必要性が議論されました。
- 議論を反映したディスカッション・ペーパーの初版は、7月に公表される予定です。