ケンブリッジ大学オルタナティブ金融センター(CCAF)は、コンセンサスアルゴリズム(取引承認の仕組み)をプルーフ・オブ・ステーク(PoS)へと移行した「ザ・マージ」後のイーサリアムネットワークに関する環境負荷の分析レポートを発表しました。レポートによると、イーサリアムの電力消費量および温室効果ガス排出量は移行前と比較して99.9%以上削減されており、環境への影響が劇的に抑えられていることが明らかになりました。一方で、ノード(ネットワークのデータを保持・検証するコンピュータ)の運用が特定のクラウドサービスに集中している現状も示されており、単一障害点などの潜在的なリスクも指摘されています。本記事では、この調査結果がWeb3業界のビジネスパーソンにとってどのような意味を持つのか、技術的な背景とともにお伝えします。
劇的な環境負荷削減と持続可能エネルギーの高い利用比率
イーサリアムは、取引の承認に大量の電力を消費する「プルーフ・オブ・ワーク(PoW)」から、暗号資産の保有量などに応じて承認を行う「プルーフ・オブ・ステーク(PoS)」へと移行しました。この移行プロセスは「ザ・マージ」と呼ばれ、2022年9月に実施されたとされています。
CCAFのレポートによると、この移行によってネットワーク全体の電力需要は大幅に低下しました。マージ直前には約2.4ギガワット(GW)だった電力需要が、マージ後のベースラインでは約0.90メガワット(MW)にまで減少しています。これにより、年間の消費電力量は約7.87ギガワット時(GWh)となり、削減率は99.96%に達しました。伝統的な銀行システム(データセンター、支店、ATMなど)が年間で約260テラワット時(TWh)を消費していることと比較すると、イーサリアムの消費量はその約33,000分の1にすぎない水準です。
さらに、温室効果ガスの排出量(気候フットプリント)も劇的に減少しています。年間の排出量は約2.37キロトン(ktCO2e:二酸化炭素換算キロトン)にまで削減され、移行前と比較して約99.98%低下しました。この年間2.37キロトンという数値は、ボーイング747によるロンドン・ニューヨーク間の往復飛行約3.5回分、または英国の一般的な家庭約900軒分の年間排出量に相当します。
また、ノードが設置されている地域の電力網を分析した結果、イーサリアムネットワークに費やされる電力構成の約56.4%が再生可能エネルギーや原子力などの持続可能エネルギーであり、世界平均の約43%を大幅に上回っていることも報告されています。
ノード運用の現状とクラウドサービス集中に伴う潜在的リスク
環境面での劇的な改善が見られる一方で、レポートはノード運用の体制における中央集権化の課題を浮き彫りにしています。
2026年5月時点で、世界には約8,522台のノード設置が確認されています。その地理的分布は、米国(31%)、ドイツ(16%)、フィンランド(8%)、フランス(6%)の4か国で全体の約62%を占めており、特定の地域に偏っている状況です。
さらに、ノードの運営主体は、クラウドサービスや企業が約64%を占めており、家庭用回線によるものは約36%にとどまっています。クラウドプロバイダーのシェアを見ると、ドイツのデータセンター大手Hetzner(ヘッツナー)が15.4%、アマゾンのアマゾンウェブサービス(AWS)が12.8%、フランスのOVHクラウドが11.6%となっており、これら上位3社だけでネットワーク全体の約40%をカバーしています。
レポートは、このような少数のプロバイダーへの過度な依存が「単一障害点(その箇所が停止するとシステム全体が停止してしまう脆弱性)」を生む可能性を警告しています。特定の主要プロバイダーで大規模な障害が発生したり、サービス規約が変更されたりした場合、ネットワークの多くのノードや、それに依存するバリデーター(承認者)がオフラインになる恐れがあります。実際に、2025年10月にAWSの大規模障害が大手取引所のコインベースなどに影響を与えた事例や、2022年にヘッツナーがソラナのバリデーター約1,000台をブロックした事例が挙げられており、インフラの分散化が今後の重要な課題とされています。
ハードウェア要件の緩和と今後の展望
CCAFは今後の展望として、イーサリアムに「ステートレス検証」が導入されることで、ノードを運用するために必要なハードウェア要件がさらに下がると指摘しています。ステートレス検証とは、個人のノード運用を容易にする技術的な拡張案とされており、これが実現すれば、スマートフォンやシングルボードコンピュータ(簡易的な小型コンピュータ)でもノードの運用が可能になる可能性があります。これにより、消費電力がさらに低下するだけでなく、家庭用ノードの比率が高まることで、クラウドへの依存度を下げられる可能性があります。
また、イーサリアム自体の消費電力が変わらなくても、ノードが設置されている地域の電力構成がより炭素排出量の少ないものへとシフトしていけば、ネットワーク全体の排出量も自然に減少していくと報告されています。
ポイント
- イーサリアムは「ザ・マージ」によるPoSへの移行を経て、年間消費電力量を99.96%、温室効果ガス排出量を99.98%削減し、環境負荷を大幅に低減させた点で注目されます。
- ネットワーク電力の約56.4%が持続可能エネルギーで賄われており、世界平均の約43%を大きく上回る高い環境基準を達成している点で注目されます。
- 一方で、ノード運用の約64%がクラウドや企業に依存しており、上位3社で全体の約40%を占めているため、単一障害点や中央集権化のリスクが課題となっている点で注目されます。
- 将来的な「ステートレス検証」の導入により、ハードウェア要件が緩和され、スマートフォン等でのノード運用が可能になれば、さらなる省電力化と分散化が進む可能性がある点で注目されます。