米国の証券決済機関であるDTCC(預託信託清算公社)は、傘下のDTC(預託信託会社)が開発した有価証券トークン化サービスの本番環境での限定稼働を開始しました。今回の稼働は、模擬環境ではなく実際の市場で実資産を動かす本番運用であり、JPモルガンやブラックロックなどの大手金融機関約40社が参加しています。これにより、有価証券のトークン化は実験段階を終え、実際の資本市場で活用される実用化の段階へと移行したとされています。
本番稼働の概要と対象となる資産範囲
今回の本番稼働は、2026年10月に予定されている全面提供に先立つ限定的な運用です。市場における意図しないリスクや混乱を避けるため、DTCCは対象範囲を自発的に約1,000銘柄に絞り込み、段階的に提供を進める方針をとっています。
限定稼働の対象となる資産には、マイクロソフト株や、暗号資産関連企業であるサークル・インターネット・グループ株、インベスコQQQトラスト、ステート・ストリートSPDR S&P500 ETFトラスト、アイシェアーズ0〜3カ月米国債ETF、および各種年限の米国債が含まれます。
具体例として、JPモルガンは保有するインベスコQQQトラストの一部をトークン化し、必要に応じて通常株式へ再転換することも可能な形で運用を行うと説明されています。DTCが保管する資産は114兆ドルを超え、流通するCUSIP(証券識別番号)は約140万件にのぼるため、この巨大な既存インフラを基盤とした段階的な移行が進められています。
参加機関とブロックチェーン技術の選択
この限定稼働には、JPモルガン、ブラックロック、ゴールドマン・サックス、バンガード、ニューヨーク証券取引所など、金融機関やテクノロジープロバイダー約40社が参加しています。DTCCは稼働に先立ち、50社以上で構成される業界ワーキンググループを通じて、保管、資産運用、証券会社、取引所、デジタル資産インフラなど多岐にわたるセクターで技術的・運用的な検証を重ねてきました。
参加機関は、トークン化された資産を担保移転、レポ取引、株式取引など幅広い用途で活用します。
取引の決済には、参加機関が以下のいずれかのブロックチェーンを選択して行います。
- ハイパーレジャー・ベス(Hyperledger Besu):DTCCが運用するプライベート型のブロックチェーン。イーサリアムの技術を基盤としたエンタープライズ向けのシステムとされています。
- カントン・ネットワーク(Canton Network):金融機関が主導するプライバシー重視型のブロックチェーン。規制された市場向けに設計され、大手金融機関が採用しているとされています。
これらのマルチチェーン戦略により、システムの回復力や拡張性、参加者の選択肢を確保しているとされています。
トークン化の仕組みと法的根拠
株式をブロックチェーン上で扱う手法には、原資産のパフォーマンスのみを模倣し、株主としての法的所有権や議決権を付与しないラッパー型と呼ばれる構造もあります。しかし、今回DTCCが採用する手法では、トークンを実際の株式と互換性を持たせ、配当受領権、議決権、法的所有権を同等に付与する仕組みとなっています。この仕組みにより、トークン化された証券は従来の形式で保有される資産と同一の権利を維持します。ただし、その流通は承認された金融機関の間に限定されます。
今回のサービス提供における法的な裏付けとなったのは、2025年12月にSEC(米証券取引委員会)が発行したノーアクションレター(特定の取引に対して法的な取締りを行わないことを表明する書簡)です。SECはDTCに対し、参加機関とその顧客向けにトークン化サービスを提供する権限を3年間付与しました。この認可の対象は、流動性の高い資産に限定されており、米国時価総額上位1,000社で構成されるラッセル1000指数の構成銘柄、主要指数に連動するETF、および米国債が含まれています。
DTCCのフランク・ラ・サラ社長兼CEOは、資産のトークン化とデジタルブロックチェーンの活用をメガトレンドであると指摘し、システムの安全性と回復力を確保しながら、新技術を用いて滞留する流動性を解放することに注力していると述べています。
ポイント
- 米証券決済機関のDTCCが、実際の市場で実資産を動かす有価証券トークン化の本番運用を限定的に開始した点。
- マイクロソフト株や米国債など、流動性の高い約1,000銘柄を対象とし、2026年10月の全面提供に向けて段階的に展開している点。
- JPモルガンやブラックロックなど、ウォール街を代表する大手金融機関約40社が参加し、担保移転やレポ取引などに活用する点。
- トークンに実際の株式と互換性を持たせ、配当受領権や議決権、法的所有権を同等に付与する仕組みを採用している点。
- 決済基盤として、プライベート型のハイパーレジャー・ベスや、プライバシーを重視したカントン・ネットワークといったブロックチェーン技術が活用されている点。